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臨済宗 南禅寺派 円 通 寺坐禅・写経体験のご案内 法話のブログ |
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November 21 朝粥会October 26 君子財を愛す
君子財を愛す これを取るに道を以てす
『五灯会元』
これは中国禅の古典『五燈会元』にあるまことに含蓄が深い言葉です。 終戦後から平成の好景気まで、日本だけではなく世界の国々が経済発展のために、いちもくさんに走ってきました。そして今年になって米国に端を発した「サブプライムローン破綻問題」は、この年末になってこの世の中に暗い影をおとしています。「新卒者仮採用取り消し」のニュースは若者たちにとって深刻な問題です。経済社会の中で何か大きな変革が起きつつあるような感じが致します。この不況を乗り切る智慧をみんなで出し合いたいものです。 法事の席でN産業社長S氏のお話しを聞きました。今のご時世にあったお話しだと思ったのでここにご紹介します。
S氏 「私は今、生花の輸入会社をしていまが、20年前までは魚屋をしていました。いつも町へ出ると魚屋の前をのぞいてみます。今年になって「サブプライムローン破綻問題」が起きました。景気は悪くなるだろうと思っていました。10月の月初めごろ気がついたのですが、魚屋の魚が売れ残っているのです。2~3割売れ残っています。「これはおかしい。何かあるぞ」と思いました。それでそれからすぐに生花の年末注文を取りました。これは魚屋をしていたころに培った商売の方法です。魚の小売店では、大手のスーパ等におされて年末の売り上げは2~3割おちるのです。それで11月に年末の予約を取るようにしてきました。商売は、5パーセントダウンでも大変です。2~3割売り上げがおちれば赤字です。私の会社では、お陰さまでこの年末は去年なみの売り上げがありました。11月からこの年末にかけて何処の会社もたいへんです。物が動いていません。新聞も読みますが、記事に載った後では遅いのです。商売は経験とカンです。
S氏は自分で歩いて魚屋の店先から景気の判断をしておられます。さすがに成長企業の社長さんです。「君子財を愛す。これを取るに道有り」です。貴重な経験によるお話しでした。 「君子」とは、「立派な人間」という意味ですが、即ち私たち自身のことです。私たちの目指す「幸せの道」は大変困難をともなう道です。みんなで努力をして、経験を積んで手に入れることが出来る道です。誰でも財を愛すけれども、そこには人として、また経済人として道があるはずです。その道をはずれたのでは、経済社会は成り立っていきません。この度の「世界的不況」については、この「道」を問うべきです。お互いが自分自身に「道」にはずれた事をしてきたツケがまわって来たのだと捉えるべきでしょう。 お金はありがたいもので人を幸せにするものであり夢を叶えてくれる宝です。ところが1円足りなくても電車に乗ることはできません。1万円札で首を切ることは簡単にできます。1万円のために手が後ろにまわった人は数知れません。お金はもろ刃の剣みたいです。 July 14 朝の坐禅 朝の坐禅
坐禅・毎朝6:30~7:00 (初心者向け)
お経 7:00~7:30 (『般若心経』)
早朝に坐禅をしましょう。一日がさわやかに始まります。
〒839-0803
久留米市宮ノ陣町大杜1577-1
臨済宗南禅寺派 円 通 寺
℡0942-34-0350
カボチャの種 ・・あらしめるもの・・
境内の片隅にコンポストを置いている。そのまわりには、植木を剪定したときにでた木くずを積み上げている。この木くずの隅からカボチャの種が芽を出した。コンポストに入れるはずだったカボチャの種が外にこぼれたのだろう。 このカボチャの種にとって生育の条件は恵まれた。コンポストの肥料はあるし、落ち葉の堆肥もある。境内の東側で朝日は良く当たる。作物は朝日が良く当たり、西日をさえぎると良く育つ。植木剪定の木くずは、カボチャのツルが絡みつくのに格好の相手である。しかも水はけがいい。 カボチャは見る見るうちにそのツルを伸ばして大きな実をつけた。人の頭ほどもあるカボチャを七個も収穫できた。 カボチャの種に大小はあっても、その内容にはそれぞれ大差はないだろう。ところが種をとりまく条件にはたいへんな違いがある。ましてスーパーマーケットで売られていたカボチャにとって、その種が芽を出し、七個ものカボチャを実らせるという条件はごく希であろう。 数学者、岡潔(1901~1978)は、その著書『情緒と創造』にカボチャについて次のように書いている。
あの小さな一粒の種には、やく半年後の変化までその中に秘めているのです。このようなものを人間はつくることもできなければ、説明することもできません。~中途略~~このふしぎまで見ることのできる人が自然を見ますと、単に自然を見ているだけではなく自然あらしめているものも同時に見ているのだと言えます。
「自然あらしめているもの」を釈尊は「縁」と説かれた。世の中の事物は、すべて「縁」にしたがって生まれ、「縁」にしたがって生き、「縁」にしたがって滅す。世の中には固定的に存在するものは何一つとしてない。 父母、祖父母の「縁」を「縦糸の縁」と呼ぶとすれば、家族や現在住んでいる地域の人たちや、仕事などで関わりのある人たちを「横糸の縁」と呼ぶことができるだろう。この縦糸と横糸が綾を織りなして自分をとりまく「縁」がある。目には見えない、限りない「縁」である。そのどれ一つが欠けてもこの自分は、今存在しない。仏教は、この「縁」をたいせつにする教えである。 日本語には「おかげさま」と「ありがたい」という言葉がある。この二つの言葉には「ご縁のおかげです」あるいは「ご縁がありがたい」というように「縁」という言葉と共によく用いる。そのように「縁」という言葉を使うとき、私たちは謙虚な気持ちになる。日本人の宗教観は、この様なところにもあるのではないだろうか。 カボチャがみのるためには、日当たりや肥料は絶対条件だ。人が立派に成長するためには何が条件だろうか。腹を満たすだけではないはずだ。言わずもがな「教育」が必要である。ではこの自分が成長するにはどうすればいいのだろうか。今から初等学校へ通うわけにもいかない。「手を合わせて感謝する」これにつきるだろう。このように考えると、どうしても宗教というところにいきつく。 夜、寝るときに「明日は何と何をして、誰と誰にあう」と自分に言い聞かせて床に就けば、次の日、仕事の達成感と成功率が上がるのだそうだ。「今日のご縁に感謝し、明日は良い縁の種まきをしよう」と一日を終われば、あかつきに良い夢を見て、朝はさわやかに目覚めるだろう。よき人生のみのりは、後からついてくると信じることにしよう。 平成二〇年八月二十八日 ポタラ会法話 円通寺住職 吉富宜健 June 16 夢
「幼いころの夢」 私の通った幼稚園は、お宮の境内にあって公民館をそのまま園舎にした幼稚園だった。ある日、幼稚園のA先生につれられて町の幼稚園にいった。その幼稚園の園舎は、きれいにペンキで塗られていた。私はきれいな屋根の幼稚園にあこがれた。「とんがりお屋根のきれいな幼稚園を建てる」これが私の記憶にある幼いころの夢である。 平成五年、弊寺の本堂が建ったとき母が言った。「あんたは小さい頃、とんがりお屋根の幼稚園を建てるとよく言っていた。幼稚園ではないけれど、新しい本堂も確かにとんがり屋根だね」と。 まさ夢という言葉があるように、夢には現実性を見出す夢がある。心身共に壮健で、心にわだかまりが無いときにまさ夢を見るのだという。そのような不思議な夢を見た経験は誰でもあるだろう。まさ夢は「天機が漏れて兆しが現れる」のだそうだ。 夢には楽しい夢もあれば、何かにとりつかれたような悪い夢もある。自分の心に善い念があるときは善い夢を見て、妄念が起きるときは悪い夢を見る。心配ごとがあって夜寝付きが悪いときには災難に遭うような怖い夢を見ることがある。
「アナンダーの夢」 アナンダー(阿難=釈尊の弟子)の夢に釈尊がその妄念を諭した『阿難七夢経』がある。その夢とは「池の火災」「日月星が辰(あした=朝)に没する」「出家者が穴におちる」「イノシシが栴檀の林に突入する」「須弥山を頭に載せて重くない」「大きな象が小さな象を捨てる」「死んだ獅子から虫が出てこれを食う」の七つの夢である。 確かにこれらは妄念が起きて見た夢だ。アナンダーは二十五年も釈尊のおそばに仕えていて釈尊の生前中に悟りが開けなかった。釈尊はそのことが気がかりであったのだろう。それでこの経典ができたと考えられる。ちなみにアナンダーは釈尊の入涅槃後間もなく、兄弟子であり釈尊の後継者であるカーシャパの指導によって開悟した。 アーナンダーの夢に似た夢を見ることがある。そのときは妄念による夢であると自ら反省をしなければならない。
「明恵上人の夢」
華厳宗の僧、明恵上人(1173~1232)は十九歳のころから四〇年にわたって自分の夢を書きつづった。三〇〇〇片あったとされる「夢記」は現在そのうちの半数、一五〇〇片が京都栂尾の高山寺に残されている。東京大学文学部言語学教室がこれを調査して二冊の研究資料(東京大学出版会)にまとめられた。これは深層心理学の研究にとってたいへん貴重な資料だという。明恵の後にも先にも四〇年の長期にわたって自分の夢を書きつづった記録は世界のどこにもないそうだ。
これを少し読んだだけで明恵という人物の底知れない人格の深さと、自己探求心の熱意がうかがえる。明恵は自分の夢を分析しているのである。見た夢はすぐに忘れてしまう。記憶に残らないことが多い。だから明恵はすぐに書き留めたに違いない。四〇年という根気に驚くばかりである。「夢記」冒頭に次のようにある。
「釈尊大師の御前に於いて無想観を修す。空中に文殊大聖現形す。」
これはすごい。お釈迦さまの前で坐禅していたら文殊菩薩が現れたという夢である。そのような夢は凡人は見ない。明恵の胸中は、すがすがしい心境であったに違いない。
また「夢記」に次のようにある。
「御坊(叔父の上覚?)が亡くなってお祀りしているお堂の壁が干割れしているので、明恵は修理をした。そのとき鍬に付いた赤土が壇に散らばった。その色がきれいに見えたので諸人が讃美してくれた」
明恵は御坊をお祀し、そのお堂を修理することで安心(あんじん)を得ている。
明恵は塔に上る夢をいくつか書いている。河合隼雄によれば、これは向上心による夢だそうだ。
「塔に上りつめて、流星の際までいって、手をかけようと思ったら目が覚めた」
私などは上から下へ落ちる夢をよく見る。明恵と反対である。
January 10 ハンドルとブレーキ100年前、いや50年前から比べれば現代人の生活はお貴族様の生活だ。きれいな衣服を着て高級車に乗って美味しいものを欲しいまま食べている。日本に住んでいて世界中の食べ物で手に入らないものはないだろう。それにもかかわらず、あれがいい、これが欲しいと現代人の欲は尽きない。確かに自分の中に餓鬼はいる。この餓鬼の意のままにしておけば、やがて自分の体と精神は蝕まれ取り返しのつかない事態となる。 ではどうすればよいのか。現代人の心の病の治療方法はあるのだろうか。 立派な車には立派なブレ-キがついていて、安全のために車のハンドルには遊び(余裕のための少しのブレ)が必要なのだそうだ。現代人の生活はたとえてみれば高級車と同じで、ちょっとアクセルを踏めばスピ-ドが出る。乗り心地はいいが乗り方次第では非常に危険だ。必要以上の機能がついているためである。スピ-ドが出る車にはそれなりの優れたブレ-キが必要だ。ブレ-キなしでは車は役に立たない。 そのブレ-キは現代人の生活では何にあたるのか。自制心だけでだいじょうぶなのか。ハンドルの遊びは何にあたるのか。宗教心から出てくる心の余裕といえようか。 食事をいただくのにガツガツとたべるのではなく手を合わせて「いただきます」という余裕。ムカッと腹が立ったとき「オットマテヨ」と自分をふりかえる余裕。悪口をいいたくなるとき、そのまえに悪口を自分で呑み込む余裕。いってみればそのような余裕だろう。これらは感謝の生活から養われる。現代人特有の病の治療方法はそんなに難しくはない。自我心という名の自分の車で、貪りの心を追いかけるのだけはやめにしたい。 December 17 小学生との対話学習
Aさんの質問 「このお寺はできて何年になるのですか。」 和尚 「このお寺は、最初にできてから四百三十年になります。豊臣秀吉を知っていますか。秀吉よりも少し前の永禄年間にできました。それからずっと後の大正時代、今から七〇年前に雷が落ちて火事で焼けて建てかわりました。そしてみんなが生まれる前の平成三年に大きな台風が二つも来て被害にあったの。その後に建てかわりました。そのときにはみんなの住んでいる家も被害があったのです。家にかえったらお母さんにきいてごらん。」 B君の質問 「いつも何をしているのですか。」 和尚 「勉強と掃除です。みんなもお掃除しているかな。学校の教室の掃除とか自分の家の掃除などしていますか。散らかしてもいいからお掃除をしてくださいね。散らかっていたらお寺に来てくれる人が気持ち悪いでしょう。きれいにしていたら気持ちがいいでしょう。だから掃除はたいせつです。みんなの家でも同じです。」 C君の質問 「いちばんたいへんなことは何ですか。」 和尚 「やっぱり掃除です。外の掃除やお部屋の掃除です。広いからね。」 Dさんの質問 「いちばんたいせつなものは何ですか。」 和尚 「あなたのいちばんたいせつなものは何ですか。宝物、それともほかに何かありますか。命でしょう。自分の命がいちばんたいせつではないのかな。私も命がたいせつです。お寺は命をおまつりするところです。」 Eさんの質問 「お寺は何人で住んでいるのですか。」 和尚 「私と、私の家内と、子供が二人の四人です。」 Fさんの質問 「宮の陣にはいくつお寺がありますか。」 和尚 「六つあります。宮の陣は昔、大きな戦争が何回もあったの。それでたくさんの人が亡くなったの。戦争で亡くなった人たちをおまつりするためにたくさんお寺ができました。五万騎塚って知っていますか。あれは今から六四〇年前に宮の陣から小郡にかけて大きな戦争があって五万人もの人が亡くなりました。(大保の戦い一三五九年)その慰霊碑です。その後の戦国時代にも筑後平野では大きな戦争があったの。戦争をしたらたくさんの人が死ぬし、みんなが不幸になるでしょう。だから戦争をしてはいけないね。みんなもいっぱい勉強をして、大人になったらこの日本を戦争がないような国にするためにいっしょうけんめい働いてください。」 Gさんの質問 「どんなお坊さんになりたいですか。」 和尚 「そうね-。難しい質問だね。あなたの名前はだれがつけてくれたの。お父さんそれともおじいちゃんかな。私の師匠は近所に赤ちゃんが生まれると、親御さんにたのまれて名前をつけてあげていました。みんなのお父さんやお母さんたちの中にも、私の師匠が名前をつけた人があるかもしれません。名前は一生つかうものだからたいせつでしょう。よく考えて、その赤ちゃんが健康に、そして立派な人になって欲しいと願って名前をつけます。あなたちが生まれたときも、お父さんやお母さんはそのように願って名前つけてくれたのですよ。私も師匠のように、生まれてくる赤ちゃんたちに名前をつけてあげられるような、そんな世話ができるような坊さんになりたいと思っています。」 平成13年7月3日 於円通寺 小学校三年生「社会との対話学習」 December 12 心は鏡のごとし私には教育論を述べる資格はありませんが、禅僧として言えることは、教育は自分が自分で自分のために自分を教育するものです。常に自己に目を向けて生きることが禅の教えです。 現代の親御さんたちは仕事を持っているために時間的に仕方がない点もありますが、家庭での教育は子供が親のまねをすることがたいせつなのだと思います。「蛙の子は蛙」ということばは良い意味でつかいませんが、蛙の子は蛙でいいと思います。子供が親を尊敬していないのでは家庭での教育はできません。親の仕事への理解は子供の社会性を養う教育の第一歩です。 私は子供に良い手本を示すことはできないかもしれません。いかし生きて見せることはできます。ときには悪い見本になるかもしれませんが、自己教育を子供にまねしてもらえるように努力していきたいと思います。 最後にもう一度、本日の主題に取りあげました至道無難禅師の『自性記』の言葉を復唱したいと思います。
心は鏡のごとし。我が身の善悪を知るものなり。
November 22 幼稚園の運動会で先日、長男大佑の幼稚園の運動会に行きました。園長先生がはじめに「今日はお父さんもお母さんも精一杯親バカになってください。」と挨拶をされました。どこのお父さんもビデオカメラを手に持ち、策から身を乗り出して我先にと我が子をビデオやカメラにおさめています。 入場行進がはじまりました。年少組のひよこ組は三歳、四歳です。よく上手に皆と一緒に並んで行進ができるものだと感心しました。これを親バカというのでしょうか。 行進中に「おしっこ」という子供がいます。あの騒音の中で受け持ちの先生は子供の言葉を聞き漏らしません。子供のしぐさで判断されるのでしょうが、走って行ってその子をかかえてトイレに駆け込みます。園児は300人もいますので、そんな子が何人もいます。転んで泣く子がいると短い時間で上手になだめます。雰囲気にとけこめないのか泣きじゃくる女の子がいます。どうしようもないと判断した先生は、その子の母親に泣きやまない園児を託します。その機敏さには恐れ入りました。 鏡の心とは一つになる心のことだと先にも申しました。その一つになったところから出て来る動作は生き生きとして機敏です。仏教ではこれを成所作智、所作を成す智慧と呼びます。智慧の動きです。 目前の事実に考える間もなく体が動く。一つになったところから出てくる動きは外から見て感動します。これが無我の智慧です。 禅の古典『傳燈録』に「鏡を打破し来れ」という言葉があります。「鏡などにこだわっていたら自由自在なはたらきができない。仏教は概念ではなく現実感だ」ということです。新マイの父親よりも二〇歳そこそこの幼稚園の先生の方がよっぽど子供たちの気持ちを理解していて、しかも体がよく動くということでしょうか。経験に勝る智慧はないということでしょうか。いずれにしても幼稚園の運動会の先生たちの姿には頭が下がる思いでした。 November 10 坐禅と鏡の心
数年前のことです。友人の紹介でH.K.さんが尋ねて来られました。彼女はアメリカ人の英語教師で小郡市のM高校に勤務しておられます。それ以来毎週日曜日の当寺の坐禅会に友人と一緒に参加されています。この片田舎の当寺にもアメリカ人が坐禅にくる時代になりました。 今日、各高等学校には英語の補助教員として外国人教師が勤務していますし、そのほかのビジネスでたくさんの外国人が久留米市内にも住んでおられます。外国からの留学生もたくさんおられます。その中には禅寺の坐禅会に参加している人は少なくありません。市内のある禅寺には外国人のカトリック司祭が坐禅に来ておられます。禅をとりまく環境は大きくかわりました。キリスト教徒が禅寺で坐禅をするようになりました。外国にもニューヨ-ク禅堂、ハワイ国際禅センタ-など多くの禅センタ-があります。 H.K.さんは、カトリック教徒です。彼女はカトリック教徒ということに誇りを持っています。彼女は私に次のように話してくれました。 「私のお祖母さんは、1920年ごろアイルランドから合衆国に移民しました。アイルランドはカトリックの国です。ですから私はカトリック教徒です。お祖母さんは私が小さいころ毎週日曜日のミサ(礼拝)に教会へ連れて行ってくれました」と。 宗教のたいせつさを子供に教えるのは、どこの国でもお年寄りの役目のようです。日本人も外国へ行って「私は仏教徒です」と誇りを持って言えるでしょうか。 カトリックの教会では静かに黙って祈ることをたいせつにします。何の世界でも言えることですが、お互いの違いばかりを主張していたのでは、いつまでたっても通い合うことはできません。お互いの共通するものは何かと考えることがたいせつではないでしょうか。 一般に学問では比較文化研究と呼ぶように比較ということを問題にします。医学においてもたとえば外科、小児外科、口腔外科、頭部外科というように発展すればするほど細分化されていきます。比較を求めているわけです。学問はこの比較が研究の力となって発展してきたのでしょう。テ-マを細分化することに研究の魅力があるのだと思います。 ところが仏教では「お互いの二つに別れる前はどうか」ということを問題にします。別れる前の立場に立って行動します。 お互いに別れる前の立場に立てば相手が映ります。鏡の心です。そこの立場から出て来た行動は生き生きとしています。赤ちゃんの世話をしているお母さんは生き生きしています。お互いに二つに別れる前の立場が体験的にわかっているからです。 「無我の教え」は個性をつぶしてしまうと誤解されやすいのですが、それはまったく違います。「無我の教え」は相手を映して行動する生き生きとしたものです。概念としての理解ではなく現実感が大切です。坐禅はこの修行です。 November 02 写経の供養Aさんの奥さんは昨年の夏に白血病でなくなりました。病状が進んで病院の先生からあと半年の命と宣告されたときAさんは、奥さんを自宅で介護することにしました。この頃、Aさんが奥さんを車椅子に乗せていっしょに散歩をしておられる姿をよく見かけました。お二人にとって貴重なひとときだったでしょう。 Aさんは、「家内はもう助からないという覚悟はしていましだが、毎日お仏壇の前で病気平癒を祈って『般若心経』を唱えました。何もしてあげられることができないものだから」と言っておられました。 その様子を見て看病の手伝いに東京から実家に帰ってきた娘さんも『般若心経』を唱えるようになりました。娘さんは以前に写経をしたことがありました。それで再び『般若心経』の写経を始めることにしました。 そうして半年が経って、Aさんの奥さんはご家族の看病も届かず亡くなりました。お葬式のとき娘さんが書かれた『般若心経』の写経を十枚お母さんの棺の中に入れました。その後も四十九日の法事のときや一周忌にもお寺へ『般若心経』の納経をされました。その写経の最後の行には「母追善菩提の為」と書いてありました。何よりのお母さんへのご供養です。 純粋な鏡の心はお互いに映し会います。Aさんの奥さんの病気平癒を願っての読経は娘さんの写経につながりました。Aさんの奥さんが亡くなったということは誠に残念ですが、ご家族は奥さんの病気とお弔いを通して貴重な体験をされました。「信心を通しての映し会う鏡の心」と言えるでしょう。 人の死とはまったく不公平で不条理なものです。善い人だから病気にならないとか良いことをすれば死なないということはまったくありません。その不条理なものを受け入れるのが清浄心です。清浄は清めることと先にも申しましたが、眼耳鼻舌身を清めて、意(こころ)に不条理なものを飲み込んで清浄心です。『般若心経』でいう「無眼耳鼻舌身意」です。仏教は良いとこ取りではありません。 「不条理なものを飲み込んで清浄心」と言葉で言ってみたところで理解できるものではないでしょう。あくまで経験を通しての理解だということを強調しなければなりません。不条理なものを飲み込むためには理屈では届かない教えが必要です。 October 26 鏡の曇りを払う私たちは他人の善悪はよくわかるが、自分のこととなると、なかなか分からないものです。鏡が曇っていては自分の善悪を正しく映し出せません。鏡の曇りを取るにはどうしらよいでしょうか。 『般若心経』をよむ。お経をよむ声はそれをとなえる人や聞く人の耳を清めます。 『般若心経』の中に「無眼耳鼻舌身意」という一節があります。ここでの「無」は「清浄」という意味です。 お経本を見ると、目を清めます。『般若心経』の写経の手本には、よく弘法大師の書かれたものが用いられます。弘法大師は書の大家ですが、その写経の字はしっかりと書かれています。最初の起筆から最後の文字まで心に乱れがありません。写経をしてみると最初の起筆から最後の文字まで乱れずに書くというのがなかなか難しいのです。 昼間に写経をしていると電話が鳴ったり来客があったりで、なかなか集中できません。途中で筆を置くと気分が変わったのが字に出ます。それで写経をするのには早朝が宜しいでしょう。早朝には電話もかかってきません。 朝日が昇るときと日が沈むときは気持ちが集中できる時間です。私たち宗門の禅の専門道場ではこの時間をたいせつにします。坐禅はもちろん昼間にもしますが、特に朝日が昇る前と日が沈むころに集中して坐ります。朝日が昇るころ静かに坐っていると遠くの音までよく聞こえます。耳が澄んでくるような気がします。 お経をとなえると耳を清めます。早朝に朝日が昇るころ『般若心経』をとなえてください。窓を開けると早朝の鳥の声はさわやかです。心身ともに清浄です。 写経をするときには線香を焚いてください。お仏壇がなくても線香だけは用意してください。長い線香は燃え尽きるのに一時間です。『般若心経』を筆で書けばちょうど一時間かかります。短い線香ですと30分です。筆ペンで書くと30分で書き上げます。お香の香りは鼻を清めます。心が落ち着きます。 『般若心経』をとなえれば自らその舌を清めます。そして身(からだ)を清めます。昔は精進潔斎をしてから写経にのぞんだといわれます。今日ではそこまでする人はありませんが、美食をしていては根気が続かないのは確かです。 眼、耳、鼻、舌、身を清めれば意(こころ)が清められるということです。早朝写経をしてみてください。気が散って集中するのは難しいと自分でわかります。余計なことばかり考えてしまいます。思うように書けないとイライラしてきます。鏡が曇っているのです。根気がない自分を知るのは、鏡の心の修行です。 October 19 くみ取る心
ある日のことです。大佑が幼稚園から帰ってきてお弁当箱を出しました。するとその中に小さなブロッコリ-が入っていました。家内は微笑みながら大佑にいいました。「だれとお弁当を食べたの。Kちゃんと食べたの。」と。 大佑はブロッコリ-がきらいです。だからお弁当には入れません。お弁当に入れたはずのないブロッコリ-が入っていたということは、だれかと交換したに違いないのです。母親はお弁当の食べ残しのような些細なことでも、子供の幼稚園での様子がわかります。「仲良くお弁当を食べているのかな。」と鏡の心をはたらかせて子供の成長を喜んでいます。 仏教は自分より相手の方が先という考え方です。これが無我の教えです。この無我の鏡に自分の善し悪しが映り相手の気持ちが映ります。
October 13 一つの心鏡の心とは相手と一つになる心のことです。四歳の我が子から「バカと言ったらだめでしょう。」と言われていたのでは子供と親とが一つの心になっているとは言えません。どうも父親は子供と心を通い合わせるのが下手なようです。 我が家の長男、大佑は早くも四歳にして花粉症です。私たち夫婦は二人とも花粉症ですので仕方ありませんが、親としての責任を感じます。大佑は耳鼻科の治療がだいきらいです。先生に長いノズルで鼻に薬を「シュッ、シュッ」と噴霧してもらいます。痛くはないのですが気持ちが悪いのです。 診察台に二人の看護師さんから頭と体を押さえられた大佑は、大きな声を出して必死にいやがります。 「おとうさ-ん。たすけて-。」と。 お父さん(私)はその前で椅子に座ったままニヤニヤ笑っていて助けてはくれません。助けを求めた大佑はお父さんに裏切られた気持ちなのでしょうか、今度は「お母さん。お母さん。」と言って泣いています。 お父さんは子供と心を合わせるのが上手ではありません。その点お母さんは子供と心を一つに合わせるのが上手です。赤ちゃんにお乳をあげているとき母親は赤ちゃんの顔を見ています。赤ちゃんもお乳を飲んでいるときには一所懸命にお母さんの顔を見ようとしています。産科の先生の話によると、生まれたばかりの赤ちゃんは黒い円いものの認識はできるのだそうです。生まれたばかりの赤ちゃんはお母さんの目が見えているのです。 お母さんは赤ちゃんにお乳をあげるのに一所懸命です。お母さんは赤ちゃんの泣き声でおなかが空いたのか眠たいのか、或いはおしめが濡れたのかがわかります。お母さんは鏡の心をはたらかせて赤ちゃんの気持ちを理解します。子育ての経験があるお父さんも少しは赤ちゃんの言いたいことはわかるつもりです。でもお父さんはお母さんのようにはできそうにありません。
September 13 作文を書く先日、小学五年生の作文の授業様子がテレビの某民放局で放送されました。作文の題は「おかあさん」でした。 N先生は生徒たちに指導します。「作文は正直に書かなければいけない。絶対にウソはいけない。自分の良心に正直に書きなさい。文章を書くということは正直になるということなのだ」と。 ある男子生徒はお母さんに不満を書き綴ります。N先生は「これでは自分に正直ではない」と叱ります。その男子生徒は書き直します。N先生は男子生徒に「前半はお母さんへの不満を書いて後半はごめんなさいだ。これでは前半は書いた意味が無いでしょう。お母さんへの不満を書いても何にもならない。もっと自分に正直にならなくてはいけない。その正直な自分がもう一人の自分なのだ」と。 ある女子生徒はお母さんに叱られて、弟にやつあたりしたときのことを書きます。その女子生徒は次第に自分の良心に正直になっていきます。「おかあさん、素直になれなくてごめんなさい」と綴り、ついに泣き出してしまいました。女子生徒は自分の中に平和な心、つまりもう一人の自分を見出していきます。 最後にN先生はいわれました。「作文は上手に書くことが目的ではない」と。 作文の題が「お母さん」だから良かったと思います。生徒たちの心の中のお母さんが、生徒たちの心の奥にあるたいせつな「平和な心・もう一人の自分」を引っぱり出したのです。おかあさんの存在は不思議な力を発揮させてくれます。 August 19 もったいない鉄腕アトムの誕生日は2003年4月7日でした。10万馬力で空を飛ぶロボットはできていないけれども、確かに日本はロボット工業社会になりました。新幹線のぞみ号は現在のところ最高時速300キロメートルですが、近い将来もっと早くなるそうです。はたして安全性は大丈夫でしょうか。 現代人は先へ先へと急ぎます。先へ急がないと安心できません。私たちは、今、もっと足元を見直すひとときが必要ではないかと思います。 日本人は無宗教だといわれるが、はたしてそうでしょうか。足元を振り返り、母がいつも言っていた言葉や暮らしぶりの中にたいせつな教えがあるに違いありません。母の苦労を思うのと同時に、母の生活の中から日本人らしい仏教観を考えてみたいと思います。
「生活と仏教」その1 「もったいない」 母や祖母が口癖のように言っていた言葉の一つが「もったいない」です。食事のときにご飯茶碗にご飯粒を残すと「もったいない」と叱られました。「もったいない」は日本人の教育方針として、あるいは生活規範として親から子供へと受け継がれる最もたいせつな教えでした。ところが今ではいかがでしょうか。「もったいない」が生活規範になっているでしょうか。子供の教育方針とされているでしょうか。日本は豊かな社会になりました。忘れつつあるのが「もったいない教育」です。 私にとってこの言葉は祖父母の思い出と重なります。祖父は私の師匠です。二人とも明治生まれでした。明治生まれの人は生活に厳しさがありました。祖母は「もったいない」と「ありがたい」が口癖でした。 「心静かに身を調え、倹約することで徳を養え」と諸葛孔明(182~234)が息子をいましめたと儒教の教科書『小学』にあります。明治生まれの人は、幼少のころより厳しくそのようにしつけられたのでしょう。 祖父は、障子を張るのはすべて切り張りでした。障子が破れたところだけをカミソリで切り取って張るのです。ですから障子は、古いところと新しいところが色違いになります。「おじいちゃん、障子紙が茶色になっているから全部張り替えようよ」と私がいうと、祖父は「お寺の障子は切り張りでいい」と一言でした。 祖父は、その切り張りをした切れ端の障子紙をとっておいて、コヨリを作っていました。祖父の書斎には、コヨリをたくさん入れた箱がありました。私は、こんなにコヨリを作って何に使うのだろうと思いました。先日、押し入れの片付けをしていましたら、祖父の手文庫の中から祖父の法話の原稿が出て来ました。コヨリで綴じてありました。40年も前に書かれた原稿ですが、どうもなっていません。コヨリのおかげです。ホチキスで綴じてあれば錆びついていたでしょう。 祖父の生活ぶりは全てにおいて「倹約することで徳を養う」でした。今だからこそ祖父の「禅僧に徹した生活態度」を何よりも有り難く、また懐かしく思い出します。弟子である私に、祖父の宗教観を論じる資格はありませんが、それは身をもって教えてくれた「禅僧に徹した生活態度」でした。みなさんの親御さんはいかがでしたでしょうか。今は亡き親御さんを思い出して見ると、そのような生活態度だったのではないでしょうか。親御さんのその生活ぶりを有り難くまた懐かしく思い出されることでしょう。
August 09 おばあちゃんの孫教育 おばあちゃんが孫に教えることは、たとえば「ありがとう」と「すみません」それと、挨拶です。おばあちゃんが孫に教えることは学校の勉強のようにたくさんはありません。ですがそれはとてもたいせつです。祖父母と孫たちが同居していたころは、おばあちゃんの生活ぶりが、大いに孫たちの教育になったでしょう。お母さんができない部分の教育や世話をおばあちゃんがしてくれていたでしょう。核家族の家庭が多い今日では、そのような機会が少なくなっているのは確かです。
人さまにお世話になったときには「ありがとう」 自分が悪いと思ったら「ごめんなさい」 朝、近所の人に会ったら「おはようございます」 大人になってもこのことはたいせつです。感謝と謙虚さと挨拶、人間関係です。むずかしいから日々に、折々に子供に言って聞かせる必要があります。単純な、しかもたいせつな言葉の繰り返しが、おばあちゃんの言葉の中にあったはずです。 July 28 いただきます 「いただきます」は食事への感謝の言葉です。今日、これが言えない人が多いようです。私はときどき布教の仕事で出張します。ホテルの食堂で他のお客さんたちと朝食をいただきます。食膳が運ばれてきて「いただきます」と言って手を合わせているのは高齢の方だけです。多くのビジネスマンは「いただきます」といっていません。そういう私も大きな声で「いただきます」といっていません。小さな声です。僧侶なのですから食前のお経を唱えるべきですが、てれ臭いので「いただきます」だけです。
「いただきます」も言えない、こんなところに日本人の幼稚化現象が現れているように思います。 仏教は無縁の縁を説きます。無縁の縁とは、目に見えないあらゆる縁という意味です。食膳がここに運ばれて来るまでには数え切れない多くの労力が費やされています。多くの命の犠牲があります。その感謝のことばが「いただきます」です。 「味噌臭い味噌は上味噌に非ず」と申します。日本の仏教は宗教の臭みが無いところを尊びます。「もったいない」「履物をそろえる」「いただきます」これらの言葉には宗教の臭みがありません。生活の中に溶け込んだ仏の教えと言えます。 July 27 履き物をそろえる履物をそろえる、そんなことが仏教の教えだろうか、履物をそろえるぐらいのことは何も仏教とは限らないだろうといわれそうです。「禅の修行は、履物をそろえることから始めて、履物をそろえることでおわる」といわれます。 これは祖父が話していたのですが、久留米の梅林寺の三代前の師家、香夢室老師(1873~1945)は晩年に久留米医専病院(現、久留米大学病院)に入院されました。老師は高熱にもかかわらずベッドの上で坐禅をしておられました。看護師さんたちは老師の前で頭を下げて通っていたのだそうです。老師が自ら病院のトイレの下駄をそろえておられるところを看護師さんが見かけたそうです。その後、病院の下駄はそろえられるようになったのだそうです。 香夢室老師は禅の道場でも病院のトイレでも、自分の足元を看るという生活態度でした。いついかなるときでも、そろそろお迎えが来ようかというようなときにでも足元を見るとなると、そうたやすいことではありません。 禅の教えは、釈尊や祖師方の教えを自分の足元から明らかにしていく、いついかなるときでもそのことを忘れない、他人ごとではない自分のこと、その意味の「履物をそろえる」です。 「汝、自身を知れ」とはギリシャの哲学者タレース(前六世紀)のことばですがその意味の「履物をそろえる」です。 June 29 坐禅体験 坐禅体験を随時受け付けます。
お問い合わせ先
円通寺℡ 0942...
座り方の説明、15分の坐禅が二回と法話15分です。
参加費用・小学生200円、中学生300円、高校生400円、
一般1000円。
Gパンはダメです。ゆっくりしたズボンをはいてきて下さい。
初心者歓迎。座布団に座れない方は椅子での「腰立・呼吸法」をします。
出張講座も致します。 February 05 日々新たなり はんにゃの会臨時号より
2002年9月11日 吉冨宜健
亀井勝一郎は「人間形成の条件」(『亀井勝一郎全集』第11巻)に「われわれはなんべんもうまれかわらなければほんとうの人間にはなれない」といっている。このなんべんもは日日であり、刻々ということだ。誕生は一生に一回ではなく、日日、もっと言えば刻々が誕生である。こうして生かされている縁があって、ここに生きているのだから、縁がなければ自分はここにはいない。その縁をたいせつにするのと同時に、生きている喜びが涌きおこってこなくてはならない。この命を大いに発揮しなければならない。
中国の殷(紀元前16世紀ごろ~前11世紀ごろ)の国を創始した湯王は、意思のタライに次のように彫って毎日体を洗いながら自戒していたと伝えられている。
苟(まこと)に日に新たにせば、日日新たに、又た日に新たなり 『大学』伝二章
このことばを儒教では「たゆまぬ努力がたいせつ」と説くのだろう。このことばは禅語ではないが、私どもは禅のことばのように用いてきた。禅は「今、ここ」をたいせつにする生き方だから「日日に新たに、又た日に新たなり」そして、「刻々新たなり」である。
世の中は移ろいゆくのだから、良いことも悪いことも、自分にとって都合のいいことも悪いことも一所にとどまってはいない。刻々新たになっていくのは事実だ。それで世の中がどんどん良くなるかというと、そうとはいえない。私たちに平和へのたゆまぬ努力がもとめられる。
外の問題はともかく、自己の問題としてどうするのかがたいせつである。世界的な禅学者、鈴木大拙博士は、「日日新たなり」の中で次のようにいっている。
英語で云うと、我々が道で人に会えば「グッド・モーニング」と云うが、このグッドと
いうことが、今云ふ日日改まるという意味である。『鈴木大拙全集』第27巻224p
同じく「ハッピー・ニューイヤーのハッピーもグッドと同じだ」と書かれている。さらに「日日新たなりに東西なし」とあって、また思いを新たにする。
これから挨拶をかわすときには「グッド・モーニング」に、「日日新たなり」の意味を込めていうようにしたい。もちろん日本語の「おはようございます」にも「日日新たなり」が省略」されている。日日新たなりを思えば朝の挨拶に元気が出る。
朝は一日の始まりである。朝はたいせつだ。殷の湯王にならって声を出さずとも「苟に日に新たにせば、日日新たに、又た日に新たなり」と顔を洗い、すがすがしく「グッド・モーニング」と挨拶をかわしたい。そうすれば日々の生活に生まれ変わる自覚が出来る。
死んだ後にあの世に生まれ変わるのか、極楽浄土に生まれるのか、あるいは天国に生まれるのか諸教の説くところはさまざまにせよ、「グッド・モーニング」の一言で今、この世に生まれ変わるのである。
観念ではなく何か自らの行動があって、日に新たなる、刻々新たなる生命を現実の生活の中に実感できるときがある。NHKの朝のラジオ体操がいい。「新しい朝が来た。希望の朝だ。・・・・・」のテーマソングがまたいい。毎朝小学二年生の子供と近所のお宮までラジオ体操に行く。いつまで子供と一緒にラジオ体操ができるのかわからないが、貴重なひとときのように感じている。新たな一日に感謝である。 February 03 辻説法
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